若林 滋 著
定価:¥2,400+税
ISBN978-4-89115-391-5  C0021
四六判/411頁/上製
[2020年12月23日刊行]

order-1

概 要

優しさと清潔さを信条に、国会議員、自治大臣、知事として日本のため、北海道のために献身した町村金五。
明治、大正、昭和、平成の4代を生きた町村92年の生涯を辿れば、北海道の20世紀が鮮やかに甦る。
※巻末に町村金五年譜付き。

目 次

プロローグ 町村金五の二〇世紀

第一章 二・二六事件に遭遇 ―鈴木侍従長、岡田首相を救う
第二章 幼少時代 ―父金弥は札幌農学校二期生
第三章 小学校入学 ―「どんぐりころころ」
第四章 赤レンガの縁 ―祖父が煉瓦づくりを指導
第五章 高千穂小学校時代 ―東條家との縁も
第六章 中学校時代 ―開成中学校で鍛える
第七章 高等学校時代 ―仙台二高で土井晩翠に学ぶ
第八章 大学時代 ―東京帝大法学部政治学科
第九章 青森県時代 ―勤労青少年のため夜学校を開設
第十章 静岡時代 ―保安、商工、水産課長、結婚
第十一章 宮内省時代 ―戦争とファシズム
第十二章 岐阜・三重県時代 ―戦時体制、「海ゆかば」
第十三章 警務・人事課長時代 ―警防体制・地方長官人事に苦心
第十四章 富山県知事時代 ―太平洋戦争に突入
第十五章 警保局長時代 ―東條英機首相命令を跳ね返す
第十六章 警視総監時代 ―鈴木内閣を支えて
第十七章 公職追放時代 ―東京都次長を最後に
第十八章 代議士時代 ―福竜丸、洞爺丸事件
第十九章 北海道知事時代 ―道路整備と「三無解消」
第二十章 参議院議員時代 ―自治大臣・開発庁長官に就任
終章 言い残した事 ―二葉夫人への感謝の言葉も

町村金五 年譜
参考文献
あとがき 町村金五さんの足跡をたどって

本文より

あとがき 町村金五さんの足跡をたどって
 筆者は二〇歳前後の昭和二九、三〇年(一九五四、五)に、みちのく仙台の学生寮に住んだ。この木造二階建ての古い寄宿舎「明善寮」で、その昔旧制第二高等学校生たちが寝起きした。部屋の壁や天井に戦前の二高生の落書きが残され、名の知られた政財界人になっている卒業生のサインも散見された。
 この寄宿舎に大正時代(一九一二~一九二六)の半ば、二〇歳前後の二高生町村金五さんが住んでいた。酒を覚えて時に布団を質に入れて痛飲し、文学書や哲学書を耽読、夜を徹して友と人生を語り、松島湾のボート練習に汗を流したあと、瑞巌寺門前でふかしたての饅頭を頬張ったと「町村金五伝」にある。
 町村さんは明治から平成まで、九二年の生涯を日本の近、現代史と共に歩み、しばしば歴史に残る事件に遭遇した。まず五歳の時、アメリカに留学する長兄を見送るため親に連れられて上京、日露戦争の講和反対の暴動で、交番が焼き討ちされて炎上する光景が子供心にも恐ろしかった、と回想する。
 二高に入学した大正七年(一九一八)スペイン風邪が世界的に大流行。東大三年生で高等文官試験の受験勉強中の大正一二年(一九二三)、関東大震災に見舞われた。
 宮内大臣秘書官を務めていた昭和一一年(一九三六)の二・二六事件の朝。反乱軍兵士に銃撃されて瀕死の鈴木貫太郎侍従長に、名医を紹介して救命に貢献し、難を免れて隠れていた岡田啓介総理の救出に一役かった。敗戦の昭和二〇年(一九四五)、警視総監として鈴木貫太郎総理を支え、総監室に泊り込んで治安維持に全力を挙げる。
 旧道庁赤レンガ庁舎の復元・保存、青函トンネルの建設、旭川医大の設置と医療水準の向上、減税、農家負債の軽減、総合開発計画の推進など北海道知事、自治大臣・開発庁長官、国会議員としての成果は多方面にわたり枚挙に遑がない。
 町村さんが時代の節目ごとに佇んだ二〇世紀とは――。町村さんの足跡に時代の歩みを重ねて小著をまとめた。北海道の偉大な先覚を知り、二〇世紀を振り返る手掛かりになればと願っている。
(文中一部省略あり)

プロフィール

若林滋(わかばやし・しげる)
ノンフィクション作家。
1934年北海道剣淵町生まれ。士別高校、東北大卒。読売新聞社入社後、浜松支局長、東京本社編集局地方部長、読売日本テレビ文化センター事務局長等を経て、(株)読売日本テレビ文化センター常務、読売サービス社長を歴任。
現在、日本エッセイストクラブ会員、北海道屯田倶楽部常任理事。北海道の近・現代史を研究し関連著書を出版。
主な著書に「北の礎」「屯田学校」「昭和天皇の親代わり」「流刑地哭く」「箱館戦争再考」(いずれも中西出版)などがある。

上記内容は本書刊行時のものです。