人と地域と文化を繋ぐ

胸像『残響』

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輝く日に勝負を挑んで

 私が初めて北海道を旅したのは、今から20年ほど前のことだった。白樺の、何ともいえない木肌の色合いに私はすっかり魅せられた。凛として立つその姿に、この地で溢れるほどの情熱を燃焼した村橋の姿が重なった。
 当時の私は、「若き薩摩の群像」を制作中だった。これは、江戸末期に薩摩からイギリスへ密航して、先進諸国の文化を学び、日本の近代化に貢献した17人の若き薩摩人の留学生の群像である。むろんその一行の中に村橋久成もいた。イギリスで撮られた彼らの集合写真は、制作のための貴重な参考資料だった。皆、フロックコート姿がよく似合った。青年村橋もまたしかり。
 その後、北海道大学の図書館で村橋久成の写真が発見された。その写真は、爛々と輝く大きな目をした決意に満ちた男の顔だった。北海道開拓に全身全霊をかけた村橋の生き様がそのまま写し出されていた。凄い。参った。私は一瞬にしてこの写真に惹きつけられ、これを制作したいと強く思った。感動さめやらぬうちに、鹿児島のアトリエで制作が始まった。極寒の地で凛然として生きる男の力強さと、その目の輝きが勝負だと思った。私は写真を食い入るように見つめ、写真の中の村橋の目と格闘しながら制作を進めた。なかなかいい勝負だった。
 田中和夫著『残響』と出会ったのもこの頃だった。そして村橋を慕う多くの方々とも出会った。胸像の題名「残響」はその本からいただいた。本の中の村橋も、デリカシーと芯の強さを併せ持った清廉潔白な人物像が描かれていた。村橋の生き様は今でも人々を魅了し続けている。
 この度、ご縁をいただき、この胸像が北海道に建てられることになった。聞けば、札幌の知事公館前庭とのこと。村橋さん、よかったね。近代日本の曙の頃、あれほど愛し、あれほど情熱を傾けたこの地の人々が、また呼び戻してくれた。札幌の人々は長い間、この日が来るのを、あれからずっと待っていたにちがいない。本当によかった。
 私も一枚の写真に出会って、このような感動的な歴史の一幕に参加させていただけることに感謝している。

中村晋也氏プロフィール

nakamura三重県亀山市出身。東京高等師範学校卒。1949年鹿児島大学講師、1966年フランス留学、1972年鹿児島大教授。1984年日展文部大臣賞受賞、1988年日本芸術院賞受賞、1989年日本芸術院会員、1992年鹿児島大学退官、名誉教授。1994年日本彫刻会理事長、1996年中村晋也美術館設立。1999年崇城大学副学長、芸術学部長。勲三等旭日中綬章受章。2002年紺綬褒章受章、文化功労者、2007年文化勲章受章。筑波大学名誉博士。日展顧問。

zankyo_logo北海道を代表する書家、中野北溟氏の作。
2009年、今までの功績を評価され旭日小綬章を受章。

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