978-4-89115-285-7望田 武司 著
定価:¥1,600+税

ISBN978-4-89115-285-7 C0021
四六判/346頁/並製
[2013年10月刊行]
<品切れ>

 概 要

明治41年10月26日永眠。享年73。東京の新聞は、榎本武揚の葬儀を盛大な“江戸っ子葬”と報じた。旧幕府軍で蝦夷国総裁として新政府と対立し、箱館戦争で“敗軍の将”となった榎本武揚。しかし敗将の“その後”は、新政府の中枢で日本の外交史と“因縁の地”北海道の開拓に大きく貢献を果たすものだった――。榎本武揚の生きざまと榎本を巡る人々を生き生きと描写したノンフィクション。

 目 次

一 プロローグ 榎本武揚再考
二 海外に目を向ける理系人間
三 薩長か徳川か 脱走直前の緊迫
四 蝦夷地上陸 戦争勃発
五 フランス兵士のガリア魂
六 最強軍艦 開陽
七 数奇な運命たどる咸臨丸
八 徳川幕引きの責任者
九 蝦夷国総裁の外交力
十 アボルダージュ 宮古湾海戦
十一 土方歳三 百九十九日の戦い
十二 様変わり 箱館新撰組
十三 ラストサムライ散る
十四 赤十字の祖 高松凌雲
十五 旧幕府軍から出た二人の外相
十六 降伏 命を救った万国海律全書
十七 牢名主 榎本武揚
十八 獄中で裁き待つ榎本
十九 度量大きい黒田清隆
二十 教育に熱心な黒田
二十一 疑惑の黒田清隆
二十二 結ばれる榎本・黒田両家
二十三 痩我慢の説
二十四 福沢と勝・榎本との関係
二十五 福沢の榎本批判に反論
二十六 人生再出発 早くもホームラン
二十七 榎本とケプロンの対立
二十八 北の脅威 国境紛争
二十九 発見されたシベリア日記
三十 ヤマで始まりヤマで終わる仕官人生
三十一 榎本低評価の背景
三十二 榎本 永眠
三十三 エピローグ

主な参考文献・資料一覧
榎本武揚年譜
榎本への想い 随所に/合田一道
実録でありながら、群像劇の面白さ/榎本 隆充

本文より

エピローグ
 本書は二〇一二年四月以来書き続け、友人・知人にメールで送った「箱館戦争と榎本武揚」を元にしている。
もともと、榎本武揚に対する後世の評価がちょっと違うのではないの、という視点から書き始めた。従って肩が榎本賛歌にのめり込んだことは否めず、ご容赦願いたい。
 また、調べたこと、教わったこと、そのときの気持ちを記録にとどめておこうという日記的要素もあって、多分に寄り道したときもあった。多くの方々から感想 から批判、励ましと共に情報提供までいただいた。その都度個々にお礼のメールを出すこともできず、大変失礼をした。改めてお礼申し上げたい。
 いただいたメールの中で箱館戦争というものが幕末にあり、その負け大将が榎本武揚であったということは歴史で習ったが、それだけの知識しかなかった。負け 大将だから当然死んでいるのだろうと思っていた。しかし命長らえ、しかも対峙した相手方の大将によって助けられたと知ってびっくりした。
 さらに当の人物が大臣を延々とやって日本の近代化に貢献している。こんなことは歴史で習わなかったという感想が寄せられた。
 改めて歴史教育、教科書問題というものがいかに大切であるかを思い知らされる。
また一人の人物を多方面から見ると、いろいろなつながりがあり、そこからこれまで見えなかった明治時代の側面が浮かび上がってくる。
 旧幕府軍として五稜郭に籠もった旧幕臣の多くは、留学経験や蘭学を学んだ旧幕府のエリートたちだった。一足早く欧米の近代文明に接した旧幕臣のほとんど は、延命後明治新政府に仕官しており、新政府が留学させた独自の人材が育つまで、即戦力として日本の近代化に貢献した。
 各省が招いたお雇外国人との接点には、勝ち組の薩長土肥の藩士でなく、近代科学に接した外国語堪能な若き旧幕臣の姿が、絶えず見え隠れする。
 その結果近代化に踏み切ってわずか三十数年という短期間で、日清・日露に勝ち抜く国力をつけることができたとも言える。
国力は人材であり、人材は国力を生み出す。
 世界が驚いた日本の超スピード近代化には、味方を敵に回しても自分の首をかけて敵の大将を救った黒田清隆の胆力と、箱館戦争を通じて黒田をして、そのような行動を起こさせた榎本武揚の卓越した見識と人柄が貢献したとも言えるであろう。
残念ながらこの二人の後世の評価は、それほど高くはない。百年以上経た今日、明治維新は勝ち組からだけの見方でなく、もっと客観的に再評価されても良いのではと思う。
 そう思うと歴史を学ぶのも、歴史を知るのも楽しくなる。
 長年モヤモヤしていたものを、書くという形で整理し終えて、とてもすっきりした気分でいる。長い間、私の独断と偏見におつきあいいただいたことに、心より感謝申し上げる。

著者プロフィール

望田 武司(もちだ たけし)
1943年生まれ、新潟県出身。
元NHK社会部記者、各ニュース番組デスク・編成担当。2003年退職し、札幌に終の棲家を求める。
現在観光ボランティアをしながら次善観察に親しむ。エッセー「北国の便り」をメールで発信中。

上記内容は本書刊行時のものです。