4-89115-143-9高桑 哲男 著
定価:¥1,400+税
ISBN4-89115-143-9  C1000
B6判/366頁/並製
[2005年10月刊行]

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概 要

我が国の国語教育は「同一性」の保持をめざし、「辞書」を金科玉条として進められるために、相当に厳しく「表現の自由」を抑圧していると言えます。(中略)あるべき姿の読み書きは、「読む・聞く=各人のフィルターを通して情報を採取すること」、「書く・話す=各人の立場から情報を発信すること」であり、そこには「同一性」とは逆向きの「多様な見方」「自立した考え方」が込められていなくてはなりません。(中略)経済発展が安定成長期を迎えるべき我が国としては、「リーダーの号令一下」「一丸となって」進む道を選んではいけません。精神的な充実を求めるべきであり、国語の中身もまた各人の「私」、つまり、多様性・独自性を生かしたものであることが望まれます。(序文より)

目 次

1章 「無・不・非」常識な人-否定の接頭語 2章 化学は化学科で-字音不一致 3章 怪物を怪しむ-振り仮名・送り仮名 4章 当たる・ヒットする-今の動詞・将来の動詞 5章 スゴーい素敵な人-形容詞と形容動詞 6章 読まれねばならない-助動詞とその活用 7章 着れる・切らさせる-ら抜き・さ入れ言葉 8章 素語と文素で文づくり-文の組み立て 9章 結論は最後まで待って-日本文の特徴 10章 尊敬語・謙譲語の壁-様々な敬語 11章 話し言葉・聞き言葉 12章 語感それぞれ 13章 さて、どっちかな? 14章 三つの両意文 15章 慣用句の別解 16章 ことわざの中の国語 17章 試験に出ない問題 索  引

本文より

序 公の国語・私の国語

 (1)もともと言葉はどんなときに使われたか、と想像してみると、おそらくは、
 1)恋をして異性を求めるとき(ラブコール・ラブレター)。
 2)敵と争うとき(号令・声援。作戦指示書・戦況報告書)。
という二つのケースにおいてでしょう。このうち、各国の言葉(=国語)は、2)の機能を色濃く込めて発達し、また、現在の企業間競争の場にも引き継がれていると考えられます。 そこでは、上位者の指示が正確に「上意下達」されるだけでなく、その時々の状況報告が正確に「下上達」される必要があります。
 このときの「正確さ」とは、書き手・話し手と読み手・聞き手の間で情報内容に過不足・狂いがなく、「同一」であることを意味します。「公」の国語が具備すべき何よりの要件です。 加えて、「同一」であることの裏には、「ルールを守って」「忠実に」といった、上位者にとって好ましい行いへ誘導する狙いが込められていると考えられます。
 (2)「公」の国語教育は、辞書に基づいて正確さ(=同一性)を判定します。よって、辞書に載っていない語を使ってはいけないし、また、読み書きは辞書の通りでなければなりません。
 辞書には日本語をはじめ、各専門分野の重鎮が執筆した語や国民が国語を使用する上で守るべきルールを満たす語が載っています。それゆえ、権威ある辞書に載っていない語や、これに反する表現形式や意味づけの語は「乱れた語」として排斥されたとしても当然のような気もします。
けれども、正しいか乱れているかは、その語の用法や意味づけの合理性にあるのではなく、その語を使う段階における「同一条件」を満足しているものが正しく、これを満足しないものは「乱れた語」とみなされる、という点に留意すべきです。同じく、「正しい日本語」は合理性や論理性からではなく、「辞書に逆らっていない」という意味しか持っていません。
 (3)では、辞書に載っている語は、内容的にも正しいのか。困ったことに、頼りにならない面が散見されます。数例を挙げると次のようです。なお、お節介ながら、辞書側のとるべき姿勢についてもコメントしています。
 ・「役不足」:雑学事典のたぐいにしか出てこず、かつ、どっちつかずの解釈になる語は掲載しないのがよいでしょう。このような語は「廃語辞典」で余生を送らせれば十分です。
 ・「一姫二太郎」:想像力と責任感のある研究者ならば、春画に見られる「三人取組」と意味づけるはずです。「後先息子に中娘」もこれをセコンドします。解釈に不安を覚える語は、自信の程度を星の数で表すなどするのが良心的な姿勢です。
 ・「焼け石に水」:現象論的に辞書の意味づけは誤りであり、このまま信じては水による消火活動が無意味になります。物事の本質を見誤らせるような解釈は載せるべきではなく、負のお奨め度をバツ印の数で示すなどするのがよいでしょう。
 ・「無鉄砲」「生き恥をさらす」:鉄砲を持つべきか持たないほうがよいか、また、見苦しい姿で生きるのがよいか死ぬのがよいか、と悩む者に対して辞書の解釈は「鉄砲は持つべきだ」、「生きて恥をさらすのはいけない」となっています。個人的な価値判断に任せるべき問題について、片方の側に立った判断を載せてはいけません。辞書に載っていることにより、その解釈を「正しい」「当然だ」とする人もいるからです。
 ・「出納→しゅつのう」「香水→こおすい」「今日は→今日わ」「餞別→別」「いらっしゃる→来られる」:少ない知識でより多くの語を修得することで、修得レベルを深めることができます。例外的な読み書きや文法にこだわっていては、国語嫌いを増やします。許容範囲を広めることが望まれます。特に敬語については、上位者の側から「ゆとり・ゆるめ」の姿勢で臨んでもらいたいものです。
 ・人名用漢字候補の「糞」→常用漢字候補の「糞」:「ふん尿」「くそったれ」のような交ぜ書きや仮名書きでは迫力がないからか、「糞」が人名用漢字の候補に挙げられました。我が子の名に「糞」を付ける親がいると考えるほどに漢字を粗末に扱う機関に、「美しい日本語」を議論する資格はないでしょう。抜け道などに頼らず正々堂々と、交ぜ書きの是非を国民に問うべきです。(後略)

プロフィール

高桑 哲男(たかくわ てつお)
1940年、北海道小樽市生まれ。北海道大学大学院工学研究科修士課程修了。工学博士。同研究科元教授。専門は環境衛生工学。著書に、「配水管網の解析と設計」(森北出版)、分担執筆に「土木計画数理」(朝倉書店)、「土木工学ハンドブック」(技報堂)、「水理公式集」(技報堂)など。一般書に、「発想練習」(中西出版)。「日本語の自学自修法」(中西出版)。「『諺』今、その謎が解けた!」(中西出版)。

上記内容は本書刊行時のものです。