978-4891151751元田 厚生 著
定価:¥2,000+税
ISBN978-4-89115-175-1  C0033
A5判/208頁/並製
[2008年4月刊行
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概 要

「落ち穂を残す」慣習、それは、自然の恩恵に対する感謝の気持ち。
この「落ち穂を残す精神」を現代に甦らせるためには、モノ中心に経済を考えるというこれまでの「常識」を捨てる必要がある。
そして、今日の「非常識」が「常識」に変わる時、わたしたちが真の豊かさをつかむことは可能になるだろう。(帯文より)

目 次

第1章 消費することで生産できる
第1節 無から創造はできない-「自然と人」の消費
第2節 再生産がもっとも重要-「自然と人」の再生産
第2章 知恵のない労働は貧しい
第1節 労働の内面的働き
第2節 環境問題を例に考える
第3節 間違った未来を選択しないために
第3章 モノを豊かにする力
第1節 モノの価値は人によって変わる
第2節 何を生産しているのか
第4章 生活がクリエイティヴな理由(わけ)
第1節 もう1つの生産
第2節 ブラッシュ・アップ
第5章 モノの分配と使い方
第1節 「落ち穂」は残そう
第2節 現代の所得を考え直す
第3節 何に使うべきか
第6章 「コスト」とは企業のものではない
第1節 コストの見方の移り変わり
第2節 モノの社会的コストとは何か
第3節 将来のコスト増を回避するために
第4節 自然の再生産を妨げているもの
第7章 自由時間こそ真の富
第1節 トキを生産することはできる
第2節 自由時間がなければ豊かになれない
第3節 トキの性格を変えるために
第8章 21世紀はトキの時代
第1節 近代経済の特徴を知る
第2節 近代における「真の富」の変質
第3節 自由時間の現在的意義
あとがき
人名索引
引用文献&参照指示文献

本文より

 ヨーロッパの多くの都市で見られるのが土曜の青空市で,街の広場には,野菜・果物・ハム・チーズ・瓶詰めなどを売るため,近隣の農家の人たちが集まってくる.買い物客の半分は大きな買い物カゴを持った男性で,あちこちの屋台をひやかしながら物色して歩いている.
 私がリンゴを1個だけ買い求めると,代金はいらないといわれたり,買ったリンゴを食べようとすると虫がはい出てきたりと,日本と違う「食の世界」をヨーロッパの青空市では垣間見ることができる.
 リヨンでは地下鉄の出入り口が広場になっていてそこに毎週市がたつ.一度歩いて調べたが,5,6百メートルおきに存在する広場に,例外なく市がたっていることを知って驚いた.青空市が市民生活と切っても切れない関係にあることが分かる.
 広場といっても広くないし,散在する街路樹のまわりには鉄製の保護カバーが隆起し,凹凸のある石畳も車一台しか通れない狭さだから,広場まで商品を運んで来る時,車は前後左右に揺れ,リンゴや野菜は傷むことが多い.
 しかしそれらは捨てられずに安い値札を付けて並べると,買い求める客もいる.また,傷んだものの内で売れ残りは,捨てるために一カ所に集めておくと,それを貰いに来る人がいる.フランスではその数がこの数年で増えている,とニュースが伝えている.
そして,生産者たちはそれらを「落ち穂拾い」と呼んで,持ち帰りやすいように配慮しておいておく.このように「落ち穂拾い」の精神が現代に生き続けていることを知って,この本の今日性を改めて確認することができた.
 このように,ヨーロッパとの出会いがなければ,この本はかなり違ったものになっていたと思う.
 一部の教会が毎日曜行っている炊き出しで,貧困者が救われていることや,フィレンツェの観光客の面倒(救急から盗難の後始末まで)を,長年にわたってみているボランティアの人たちの存在を知るにつけ,ヨーロッパではどうしてもキリスト教精神と向き合わざるをえない.
美術館に行けば,絵画と彫刻のほとんどが聖書に題材を求めたものであり,教会のステンドグラスは聖書物語そのものを描いているから,聖書を知らなければヨーロッパを理解できない状況がそこにあった.
 しかし,教会の炊き出しや無償のボランティア行為を,キリスト教精神の発露と見なすことには抵抗があった.十字軍をはじめとして,数多くの侵略と殺戮がキリスト教の名のもとに行われてきたし,現在も行われているからである.
 この隘路から脱するきっかけもまた,パリの教会巡りから得ることができた.キリスト教は一神教ではなくイエス教とマリア教からなる多神教ではないのか,という印象を契機にして,キリスト教精神を相対化することができた.
 古代から続く友愛の精神は「落ち穂を残す」精神として現れ,教会の「十分の一税」の底にも流れているが,その根幹は,自然が人間にもたらす大いなる恵みであり,それに対する驚きと感謝であることが分かったからである.
 モノ作りの第一生産者は自然である,ということを軸に,経済学を作りかえる作業はそこからはじまったのだが,調べてみると,「経済社会」という虚構のコンセプトを作りあげる過程で,多くの知恵が闇に葬られてきたことが分かった.
 この本は,アダム・スミスたちの古典派経済学に立ち返って,新たな経済学を構築する,ささやかな試みである.
 2,3百年のスパンで見ると,学問は必ずしも進歩していないことが分かる.後世,この本がそう見られないことを願うばかりである.
 最後に,出版事情が厳しい中,本書の出版をご快諾くださった,中西出版の林下英二社長に心から御礼を申し上げます.また,河西博嗣取締役との打ち合わせは楽しく,いろいろと教えていただきました.帯の言葉にも感心しました.厚く御礼申し上げます.

プロフィール

元田 厚生(もとだ こうせい)
1943年 北海道遠軽町にて出生
1967年 東北大学経済学部卒業
1973年 東北大学大学院博士課程修了
2003年 1年間の在外研究(イタリア)
現在  経済学博士 札幌大学大学院教授
<主要業績>
『富と資本の経済理論』(中央経済社,1995年)
『経済学のパラダイム・チェインジ』〔創風社,1998年)
「廣西によるマルクス補正の試み」(廣西元信『資本論の誤訳』復刻版栞,こぶし書房,2002年)
「杉原・経済本質論の現代的意義」(『杉原四郎著作集』第1巻月報,藤原書店,2003年)
『個人主義と共同体主義の乗り超え』(梓出版社,2007年)

上記内容は本書刊行時のものです。