978-4-89115-267-3若林 滋著
定価:¥1,800+税
ISBN978-4-89115-267-3  C0021
四六判/300頁/並製
[2012年4月刊行]

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概 要

囚人が死ねば経費節約になる。
明治政府は道庁に囚人の強制労働を命じ、道庁は炭鉱や道路建設で囚人を酷使した。彼らは二人一組で鎖につながれ、重い鉄丸を引きずって仕事に追い立てられて大勢死んだ。遺体が路傍に埋められることも。クリスチャン典獄と白虎隊看守長の囚人保護の努力も空しかった。北海道開拓史上の拭いきれない一大汚点を集治監、監獄をめぐる挿話で明らかにする。

目 次

はじめに 敗 者
第一章 「湘江しょうこうに怨うらみを残す」
     贋札事件の犯人にされた相模の画家
第二章 白虎隊誕生す
     会津に戦雲迫る
第三章 痛哭飯盛山つうこくいいもりやま
     落城と見間違って
第四章 会津落城
     白虎隊籠城戦も空し
第五章 白虎隊巡査活躍す
     脱走囚逮捕で表彰
第六章 集治監開設の舞台裏
     全国ノ罪囚ヲ流シ総懲治監トス
第七章 空知、釧路集治監開設
     炭鉱労働と硫黄採掘の地獄
第八章 山県と金子の懲戒主義
     「囚人が死ねば監獄費を節約できる」
第九章 ニコライ襲撃の津田三蔵
     釧路集治監で絶食、肺炎死
第十章 クリスチャン典獄と白虎隊看守長
     囚徒の人権保護、更生に貢献
第十一章 英照皇太后崩御と大赦令
     辞職教誨師たちの活躍
第十二章 日露戦争と行刑
     道民の犠牲は大きかった
第十三章 伊藤博文暗殺と韓国併合
     朝鮮人強制連行の下地となった
第十四章 監獄部屋の真相
     タコ労働と朝鮮・中国人の強制労働
第十五章 白虎隊看守長奔はしる
     無傷捕獲をモットーに
第十六章 樺戸監獄の名物囚人たち
     五寸釘寅吉から鼠小僧まで
終 章 「会賊かいぞくを知っていますか」
     白虎隊看守長の孫
北海道開拓・行刑史(明治~大正)略年表
参考文献一覧
あとがき 白河以北の人々

本文より

まえがき
 私の曽祖父は戊辰戦争の時、「朝敵」あるいは「会かい賊ぞく」と呼ばれ、西軍(官軍)に降伏し、亡国の民となった会津人です。当時、曽祖父は現在の福島県南会津郡只見町に住み、庄屋をしていました。武士ではありませんから厳密には朝敵でも会賊でも無かったのですが、曽祖父は会津の庄屋の自負からか、「朝敵」「会賊」を自称して憚らなかったといいます。
 曽祖父は会津藩が西軍に降伏した後、落ち武者狩りで捕まった藩士の処刑の立会いをさせられ、最後まで忠節を尽くした会津武士への憐れん憫びんの情と降伏の悔しさに、裃の肩を震わせたと語り伝えています。
 明治三十八年(一九〇五)秋、会津は大凶作に見舞われました。農家でさえ食うにも事欠き、若林一家は北海道への開拓入植を決意しました。そして四十年春、祖父母は乳飲み子の父を背負い、北海道北部剣淵の山中に移住しました。しばらくして、曽祖父母も会津を引き払って剣淵の開拓地に移り、ここで亡くなりました。
 わが家のこうした歴史のせいか、戊辰戦争の敗者である貧窮入植者、朝敵出身屯田兵、自由民権運動の政治犯、甘言で連れて来られたタコ労働者など、私の関心はもろもろの「敗者」たちに向かいました。
 集治監、監獄の囚徒たちは道路づくりや開墾、炭鉱労働、屯田兵屋建設などに駆り出されました。徒刑、流刑者の中にはもちろん一般の受刑者もいましたが、彼らも社会から脱落した、広い意味の敗者と言えます。
 集治監、監獄を中心とした北海道行刑史は北海道開拓史と重なります。徒刑、流刑者たちは赤い囚人服を着せられ、鎖でつながれて二人一組となり、足につけられた重い鉄丸を引きずって過酷な労働に追い立てられました。
明治政府は「囚人が死ねば、監獄費の節約になる」と公言し、道庁に囚徒の使役を命じました。初期道庁の長官達は政府の命じるまま、囚徒らに道路づくりや開墾、炭鉱労働などを強制し、大勢の囚徒を死なせました。
鎖を付けたままの遺体が、全道の主要道路の路傍で発掘されています。逃走者も絶えずその多くは捕まり殺傷されました。
囚徒らの命を無視した強制労働は北海道開拓史上、消えることのない一大汚点です。そうした中でクリスチャン典獄がキリスト教教誨師を全集治監に配置し、囚徒の生命と人権の保護に努め、会津白虎隊出身の看守長がこれに協力した時期がありました。先駆的な近代的行刑がこの北海道で行われたわけです。
しかし、長州藩閥政権(第二次伊藤博文内閣)は不敬罪の罠わなを仕掛け、この典獄を依願免に追い込み、キリスト教誨師は全員辞任せざるをえませんでした。この結果、囚徒の酷使や人権無視、逃走者の殺傷など獄政は旧に戻りました。
明治末の監獄法施行で、受刑者の人権保護にようやく目が向けられるようになりましたが、囚徒の人命軽視の思想はタコ労働に受け継がれ、太平洋戦争時の朝鮮、中国人の強制労働、戦後の捕虜労働にまで影響したとの見方もあります。
本書は北海道の集治監、監獄をめぐる挿話を通して明治行刑の実態を見たものです。ご一読のうえ、ご批判いただければ幸いです。

プロフィール

若林 滋(わかばやし しげる)
1934年北海道生まれ。士別高校、東北大卒。読売新聞記者、関連会社役員を経て現在、北海道屯田兵制度研究会代表、北海道屯田倶楽部理事、北海道史研究協議会会員。

上記内容は本書刊行時のものです。