混沌の構図小野 規矩夫 著
定価:¥1,400+税
ISBN978-4-89115-164-5 C0093
四六判/268頁/並製
[2007年6月刊行]

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概 要

「戦後民主主義の時代に生きた人々の躍動、ためらいを掘り下げた小野規矩夫の力作」-札幌文学編集人 田中和夫- (帯文より)

目 次

六十年
再びの時間
哀しみのバナナ
混沌の構図
あとがき

本文より

 昨年刊行した作品集『連れだつ旅』の「あとがき」に、私は昭和二十年代という「経済的にはもっとも貧しく、思想的にはもっとも豊かだった時代」をテーマ にした作品を書きたいと記したが、この本四篇のうち三篇がそれである。ただ取りかかってみると、あの時代は経済はともかく、思想としてはそれほど手放しで 楽観的な時代とは言えないのではなかったか、という思いが次第に強くなってきた。
 考えてみれば当然のことである。わりあい近代の、日露戦争以降にかぎってごくざっと考えてみても、あの戦争が経済に激烈な影響をもたらしたという故も あって、広範な国民教化活動が国の主導で広範に展開された。明治四十一年発布の「戊辰詔書」(勤倹治産をすすめ、華美をいましめる)をはじめとして報徳 会、修養団などのいわゆる修養団体が内務省・文部省の援助、後援をうけて教化活動をひろげた。さらに大正の末には教化団体連合会ができて精神作興週間など 修養行事をすすめ、昭和にはいると教化総動員で国民の「軽佻浮華」を戒めて「国体観念」を「明徴」にし、日中戦争がはじまると国民精神総動員運動、大政翼 賛運動など官製の運動が次々と打ち出されたように、国家主義的な風潮は世を覆った。教育の極右化はもちろんである。そのなかに大部分の国民はどっぷりと漬 かって生きていた。国全体が焦土と化しても、なお大勢は「必勝の精神」であった。
 そこにいきなりの戦後民主主義である。わたしのように当時十七歳だった若者たちは別として、この右傾化した世に四十年、五十年人間として生き、それなり に馴染んでいた世代は、いきなり価値観の根元的な大転換を求められてもひたすら困惑するだけである。むしろ否定したい、という衝動につきあげられるのも、 残念ながら無理とはいえない。見落としてはならない時代の底流であり、それが現代にまでも引き継がれていると感じているのは、私の偏見ではないと思う。 (「あとがき」より~後略~)

プロフィール

小野 規矩夫(おの きくお)
1928年、札幌市に生まれる。
1947年、北海道大学附属農林専門部入学。
1951年、北海道庁農務部に入る。
1955年、「札幌文学会」に加入。
1963年、『新北海道史』編集スタッフとなる。
1985年、北海道庁退職。引き続き教育委員会嘱託として『新北海道史』の編集にあたる。(1992年まで)
2003年、「アトリエの宴」自費出版。
2005年、短編集「自分史の日々」自費出版
2006年、「連れだつ旅」(文芸社)

上記内容は本書刊行時のものです。