978-4-89115-211-6横田 昌樹 著
定価:¥1,333+税
ISBN978-4-89115-211-6  C0074
四六判/168頁/並製
[2010年6月刊行]

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概 要

映画を見て涙を流すことがありますか?

「味覚に関して子供時代は幅がなく、苦味を味わうことが出来ないけれど、大人世代を迎えると微妙な味がわかって、甘い・辛い・しょっぱい、の違いを会得するんだよ」―訳知り友人の言葉です。味覚を人生における喜び、怒り・哀しみ・楽しみというエキスに置き換え、涙もろくなることを恥じないようになってきました。
映画に限らず、コミック・小説・エッセイを読んだり、歌を聴いたりして涙するシーンが紛れもなく増えています。
本の原作、挿入歌も含め、「映画って素晴らしいなあ」とつぶやいています。 (「帯文」より)

目 次

「銀幕遊びの流れ旅」を始めるにあたり
もう一度みたい映画
年金生活を間近に控え、見たい名作4本に自分を重ねてみました
シネコンの脅威-映画館をとりまく環境の歴史-
「札幌映画サークル」と岡村さん
映画業界の一員として
どっこい今も生きているゆうばり映画祭の原点
函館映画劇場さよなら上映会
映画を仕掛ける「草の乱」公開に寄せて
映画ヒットにつながる原作本の話題「世界の中心で、愛をさけぶ」
横田の映画個人史
映像を取り巻く様々な環境
ランキングの視点で捉えた思い出に残る映画トップテン
業界先輩にエール『映画を駆ける50年 銀幕の裏の白い影』に寄せて
横田を育ててくれたスガイ・エンタテインメント正月戦線回顧
映画の価値を身近にさせるゴールデン・グローブ賞
ITと横田のなれそめ
時代の流れをつかむ大きな要因 韓流シネマ・フェスティバル2005
映画から観光への拡がり 韓流シネマ・フェスティバル2005 その(2)
映画の舞台としての北海道 「YUMENO ユメノ」
北の映像ミュージアムから学ぶ北海道のお宝
須貝興行からスガイ・エンタテインメントヘ、そして…
HBC河原多恵子さん
再び自分史で歴史を振り返る…その(1)
自分史で歴史を振り返る…その(2) 〈札幌の映画と映画館〉
日分史で歴史を振り返る…その(3) 〈スガイを辞めた人、入ってきた人〉
自分史で歴史を振り返る…その(4) 〈家族の絆〉
閑話休題…その(1) 〈札幌道頓堀劇場〉
閑話休題…その(2) 〈俳句と私〉
ゲオ・ディノス、ノルベサの開業
自分史で歴史を振り返る…その(5) 〈シネマル会〉など
小さな親切大きなお世話といわれても 映像ワールド大好きな横田なんです
友人、知人と一本の映画・そのときの私
1本の映画・そのときの私…その(2)
1本の映画・そのときの私…その(3)
1本の映画・そのときの私…その(4)
ひと足お先に映画鑑賞していた 映画を振り返り、映画を展望する
誰が何といおうと我が愛するマリリンとオードリー
スガイから巣立った縁の下の力持ち
映画命の人々に接して
映画家族の絆を覚える『二十四の瞳』
映画のなかの個性心理学
赤い靴 はいてた 女の子
映画のなかの「変身」、「変心」…「変新」
「北辰斜にさすところ」
肉親との別れと伊丹十三監督の「お葬式」
大好きなチャールトン・ヘストンが死んで…
個性あふれる作品を公開する小さな映画館
ものの値段の変遷と映画
1本の映画を鑑賞する時の心構え
マイブーム…『三国志』
「旅立ち 足寄より」

あとがき
ミニミニ横田の個人史

本文より

ミニミニ横田の個人史-横田のつぶやく札幌と映画-

 札幌映画サークル広報紙に5年間、毎月エッセイを書いていると話の重複が見られます。というわけで本の概略だけ知りたい方は、ミニミニ横田の個人史を参照下さい。
 1942年、私は満州で父・正二、母・喜久江の長男として生まれた。敗戦を迎え、父はソ連に抑留されタシケント(現ウズベキスタンの首都)の地で病死。満州まで引き揚げのため迎えに来て、途中、弟久人は1歳で栄養不良のため死亡。無事日本へ戻り、父のふるさと秋田で母子ともども世話になりました。祖父母がいなければ、私はまぎれもなく中国残留孤児の運命です。
 1949(昭和24)年、北海道電力に勤務していた母の兄宅で、子供4人の手狭な家へ居候。祖父母とともに英語教師の資格を活かし母は独立。中島中学、八条中学、啓明中学、山の手養護学校に勤めながら、母は再婚することなく私を育ててくれ、94歳の天寿を全うしました。
 記憶をたどると、小学校に入るころ、街角で傷疾軍人の人がアコーディオンを演奏しており、札幌大通では、ガマの油売り、バナナのたたき売りが目立ちました。後に私が映画業界へ身を置いて、上映を手掛けたことのある渥美清「寅さんシリーズ」の原風景そのままです。
 映画館といえば、当時の丸井デパート最上階にあった、ニュース劇場へ毎週祖父に連れていかれ、お目当ては新聞各社提供のニュース映画よりもウッド・ペッカーが躍動するアニメ短篇でした。
 雪祭りの第一回目は昭和25年に、戦後復興の象徴として大通公園を会場に行われました。
 映画館も昭和26~31年にかけて30館となり、昭和35年のピーク時には53館となりました。入場料金は170~250円です。散髪代の180円と映画料金は、ほぼ時代の流れとともに「エクソシスト」1300円上映のあたりまでは、ほぼ同じ価格でした。
 その後、理容業界は、技術料を付加させ、一気に倍近くとなり、映画1500円なら理髪は3000円となりました。
時を経て2010年、料金面の比較をすると映画、散髪ともども価格競争の波に押され、平均するとほぼ同じ1300円内外になっている感覚です。
 札幌は大きく分けると駅前ゾーン、大通ゾーン、郊外ゾーンの三つに分けることができます。地下鉄南北線・東西線・東豊線に置き換えることも可能です。
 私は当時、広報担当として大通ゾーンの一番街、二番街、三番街、四番街、狸小路街、地下街とそれぞれコミュニケーションを密にしながら、大売出しする商店、街の売り出しやデパート並びに専門店街とコラボさせたポスター展、お買上に伴う映画招待を企画しました。
 原作本、サウンドトラック盤、映画に絡む旅、ファッション、グルメうんぬん、誰しも関心を引き出す要因求める日々でした。
 マスメディアの新聞、テレビはもとより、雑誌、ミニFM局、フリーペーパーの活用も活発にさせ、ギブアンドギブンの精神を心がけ数多くのヒト・コト・モノの出逢いに恵まれました。
 大通ゾーンにあった東宝日劇、松竹遊楽館、東映の直営館が一挙に無くなりました。全国的に初の試みである東宝・松竹・東映がスクラム組んだシネマフロンティア誕生です。
 航空母艦を思わせる脅威にひるむことなく大通ゾーン唯一のシネコンとしての魅力を打ち出し、世界各国で上映されてる良質な作品に活路を見出し、多様化する世相に受け入れられつつあります。
 家族で映画鑑賞に出掛け、お父さんはアクション、お母さんはラブロマン、子供はオカルトやアニメ。観たい映画を別々に楽しみ「映画への関心を高める傾向が見受けられます。シニア世代に入り、フリーの立場から映画の持つ素晴らしさを提言できればと、心に秘めているのも事実です。

プロフィール

横田 昌樹(よこた まさき)
昭和18年、満州生まれ。札幌光星高校卒業後、日本大学農獣医学部入学。その後、芸術学部に転部。卒業後、須貝興行株式会社(現株式会社ゲオディノス)に入社。
2010年、が部式会社ゲオディノス退職。

上記内容は本書刊行時のものです。